若林佑真(わかばやし・ゆうま)さんは1991年生まれのトランスジェンダー俳優です。
若林さんは学生時代に演技のレッスンを受け、現在は俳優として多くのドラマや舞台に出演しています。
最近では舞台プロデューサーとしても活躍し、作品の監修や講演活動を行っています。
そんな若林佑真さんのプロフィールや経歴についてまとめてみました!
若林佑真のプロフィール
名前:若林佑真(わかばやし ゆうま)
生年月日:1991年11月5日
年齢:32歳(2024年現在)
出身:兵庫生まれ/大阪育ち
血液型:A型
身長:156cm
足のサイズ:23.5cm
3サイズ:B80/W64/H83
若林佑真さんは1991年11月5日に兵庫県で生まれました。
生まれた時に女性として割り当てられた若林さんは、性自認を男性とするトランスジェンダー男性です。
幼少期から父親が大好きで、父と同じものを欲しがることが多かったそうです。
性自認に関する違和感は小学校5年生の時に初めて感じたと述べています。
若林さんは中高とキリスト教の学校に通っていました。
中高の聖書の授業は、人が目を背けがちなことにしっかり向き合う授業だったそうで、自身がトランスジェンダーだと気づいたのも、高校3年生の時、聖書の授業でした。
このように段階を経て徐々にトランスジェンダーを自認するようになりました。
若林佑真は同志社大学出身
若林さんは同志社大学出身です。
聖書で本当に同性愛が否定されているのだろうかと考え、性的マイノリティと聖書との関係を研究をするために神学部に進むことを決めました。
若林さん個人の結論は、キリスト教の大事な部分は「弱者と共にある」ということなのではないかと考えました。
したがって、自身がトランスジェンダーであることも、キリスト教を学び神学部を卒業したことも等しく誇りを持てることだと語っています。
住所:〒602-0892 京都府京都市上京区 今出川烏丸東入
TEL:075-251-3330
偏差値:55.0~57.5
大学1年生の時に大学病院の精神神経科に通い、「性同一性障害」の診断書をもらいます。
診断書をもらった後も、情報不足からホルモン注射を始めるまでに約半年間悩む期間がありました。
トランスジェンダーとしての自認を深め、男性として生きることを決意しました。
大学に入ってから周囲にカミングアウトを始めました。
若林佑真が俳優を目指したきっかけ
トランスジェンダーとしての人生を歩み始めた若林さんにとって、就活が壁となりました。
当時はトランスジェンダーを含めた性的マイノリティの方を前向きに、オープンに採用しようという企業も少なかったのです。
そんな時期に、タレントの杉本彩さんが大学で動物愛護活動について講演をしました。
ある学生が、「私が保護犬を1匹引き取っても保護犬をめぐる状況は大きく変わらないのではないか」という趣旨の質問を杉本さんに投げかけました。
それに対して杉本さんは「ひとりひとりの小さな行動が、やがて大きな力になる」と回答しました。
このやりとりを聞いた若林さんは、「自分がトランスジェンダーであることにもなにか意味があるのではないか」、そして、「自分もメッセンジャーになりたい」と思いました。
これをきっかけに杉本彩さんの事務所へ自身の宣材写真を送りましたが、杉本さんの事務所には入れませんでした。
しかしながら、これをきっかけに約50社の芸能関係事務所に履歴書を送りました。
そして、大学3年生の時に、東京の俳優事務所に採用となりました!
若林さんはその後大学卒業までの1年間で、毎週夜行バスで大阪から東京まで通って演技のレッスンを受けました。
こうして卒業後に上京し、俳優活動を本格化させました!
毎週大阪から東京へ通って、本気の気持ちが伝わりますね!
若林佑真の俳優としての経歴
チェイサーゲームをきっかけに若林さん発見出来ました。チェイサーゲーム終わっちゃいますけど、引き続き、若林さんのご活躍も注目してま~す。🎉👀🍀
— m34m (@ST11012) October 27, 2022
若林佑真さんは、ドラマ『チェイサーゲーム』でトランスジェンダー当事者役を演じました。
そのリアルな表現が話題を呼びました。
彼の演技は、視聴者に深い感動を与え、トランスジェンダーの存在を広く認識させるきっかけとなりました。
映画『52ヘルツのクジラたち』では、トランスジェンダーの表現を監修しました!
若林さんの監修により、映画は多くの観客に支持され、作品のリアリティを高めました。
トランスジェンダーの理解を深める作品となりました。
東京レインボープライド2016、2017では、若林さんはステージパフォーマーとして出演しました!
渋谷のラジオ「カラフルサンデーSHIBUYA!!」では、若林さんがメインパーソナリティを務め、多様性の重要性を訴えかけました。
若林さんはトランスジェンダーの声を届ける重要なプラットフォームになっていますね!
若林佑真の舞台プロデューサー経歴
若林佑真さんは、Pxxce Maker’の旗揚げ公演『BABY〜産まれた時も、泣いてたクセに〜』をプロデュースしました!
この作品は、彼のプロデューサーとしての才能が溢れ、観客に深い感動を与えました!
舞台や映画のジェンダー表現を監修する若林は、正確で多様な表現を追求しています。
若林さんははLGBTQ+に関する講演を行い、教育機関や企業での研修を担当しています。
■普連土学園高等学校
「多様性と相互理解」についての講演を行いました。
この講演では、LGBTQ+の生き方や多様性理解について、資料を使ってわかりやすく解説しています。
■株式会社丸井
■株式会社アダストリア
企業で講演を行っています。
多様性理解を目的とした研修動画にも出演しています
彼の講演は、参加者に多様性の重要性を伝え、理解を深める機会を提供しています!
学生時代に目指していたメッセンジャーになる夢を叶えられていて素敵ですよね!
まとめ
いかがだったでしょうか。
若林佑真さんのプロフィールや経歴をまとめました!
今後のご活躍も応援しています!
最後までご覧いただきありがとうございました!